語り部 :大嶋幸雄
日時 :平成22年7月8日(木)14時~16時
場所 :韓国文化院4階セミナー室 ℡ 03-3357-5870
住所 新宿区四谷4丁目4-10
*地下鉄丸の内線四谷3丁目駅1番出口を出、新宿通りを新宿に向って3分左側新庁舎
主催 :(社)中央日韓協会
後援 :韓国文化院、財団法人日韓文化協会
参加費 :500円(資料代)
申し込み:電話、メール、FAX等により下記に連絡
電話兼FAX:042-743-0751 メールアドレス:chuonikkan@ybb.ne.jp
内容 :現在の北朝鮮の雄基、当時12歳の少年が突然、ソ連軍の参戦により、戦火に巻き込まれた。極限状態の坩堝に投げ出された多くの人々、少年の目を通して描かれる地獄、そして様々な人間の姿
昭和20年8月9日木曜日、ソ連参戦による空襲の始まり、油脂倉庫に野積みしていた重油のドラム缶が被爆、散乱したドラム缶、錯綜した消化ホースの中で、消防団員は殺気立ち、人相が変り敵機よりも恐ろしかった。
家族揃っての逃避行の始まり、雄基炎上、“長い登り坂は渋滞して中々進めなかった。正午頃やっと峠に着きその理由が判った。見よ!町の何箇所かが燃えているではないか。紅蓮の炎、巨大な黒煙。山を登る群集は峠で立ち止まり、この火を見ていたのだ。”
自決の一歩寸前、“オヤジが言った。「重ちゃん(鯉沼家の主人)!もし敵が来たら、家族を殺して2人で突っ込もう!」”
収容所での恐ろしい伝染病、発疹チフス、“私も病後に部屋が広くなったと感じた。それは、2室分24人の内の7人が死亡していたからであった。”このうちの1人が父親であった。
さらば雄基よ。昭和21年11月、ソ連参戦、魔の逃避行、地獄の収容所生活1年3ヶ月を経て、佐世保行き引き揚げ船に乗船した。
人間は極限状態の中では何を考えられるのか。
何をすることができるのか。
そしてその時、人を支えるものは何か。
大嶋幸雄さんが、自ら描いた十数枚の絵とともに1年3ヶ月を語ります。